コーンウェル博士のオフィスは、サンディエゴの北のエンシニータスという市にあり、モダンな雰囲気のある建物でした。
玄関前に設置されたオブジェには、カリフォルニアの強い日差しが反射して、とても眩しく、なんだかとんでもなく場違いな所に来てしまったのではないかと恐ろしくなりました。
建物は、様々な分野の研究者たちのオフィスもあったようで、そのうちの2−3室をこのABAエージェンシーが使用していた様子でした。
緊張のあまり面接の前半についてはあまり覚えていないのですが、特に専門的なことは聞かれませんでした。
私に求める仕事内容は、例えば、自閉症のお子さんを持つ日本人のご家庭にセラピストが出入りする際、お子さんについての質問やセラピーについての報告などを私が双方に伝えるという役割でした。
簡単に言うと通訳のようなものです。
私は発達に懸念のあるお子さんに教えた経験は無いけれど、日本には学習塾というものがあり、アカデミックをひたすら押す教育ではあるけれど、子どもたちに教えることが大好きであること、少しでも勉強ができるようになってくれることほど嬉しいものはないことをお伝えしました。
そして、博士はエージェンシーが行っていることを簡潔に説明してくださいました。
「これをABAセラピーと言って、2歳くらいの子どもたちにスキルを教えるんだけれど、興味ある?」
と聞かれました。
とりあえず、
「はい。」と答えたところ、
どういうことをするのか具体的に見せたいのだけど、ビデオが自宅にあるので、今から一緒に来てくれないか、という流れになり、コーンウェル博士の車でご自宅まで伺うことになったのです。
ご自宅には、奥様と小学校低学年くらいのお嬢さんがいらして、温かく迎えてくださいました。
元気なゴールデンリトリバーが飛び跳ねていた記憶もあります。
そして、博士の書斎に通され、何本かのビデオを見せていただきました。
女性が二人と小さな2歳くらいのお子さんが映っていて、一人の女性が「こうやって」とマラカスを振る姿を見せた後、お子さんの手をとってマラカスを振らせていました。
その後で、お祭り騒ぎのように、お子さんを二人が褒めていました。
「こういうのどう思う?」
「素晴らしいと思います…。」
実際は、圧倒された、というのが本音でした。
些細な動作に対して、しかも一緒にやっている(いわゆるプロンプトですね)のに、"どんちゃん騒ぎ"の連続は、正直引いてしまう場面もありました。
「なんじゃこれ。」
「無理なんだけど…。」
というのが、私のABAセラピーに対する最初の印象でした。
こんなに褒められたことはないし、褒めたこともないなあと思いました。
その後、博士と共に面接をしていただいていたオフィスに戻り、
「2歳児対象だから、使う言葉はシンプルだし、あなたセラピストやってみたいと思わない?」
⁉️
「思います…。」(ポジティブを心掛けました)
「でも、あなたの面接が一番最初であと数人日本人女性と会うことになっているから、これを渡しておくよ。」
と、雇用契約の際に必要な書類の入った封筒をくださいました。
封筒には、既に面接をしていたオフィスの住所が宛名書きとして印刷されていました。
「僕は(雇用する、しない)どちらにしても、電話で連絡をするから、もし雇用することになったらこの書類を記入してこの封筒に入れて投函して。」
「わかりました。」
と、封筒を私に渡しかけてから、
「念の為に切手を貼っておくね。その方があなたが貼らなくていいから便利でしょ。」
とおっしゃりながら、返信用の切手を机の中から出して、貼ってくださいました。
「縁がなかったら、この封筒一式は破棄してね。」
「はい。」
その日の夕方、コーンウェル博士から電話がありました。
「君を雇うことにしたよ。Cornwell & Associates(コーンウェル博士のエージェンシー)へようこそ!」
後日コーンウェル博士とお会いした際に、
「僕は通常、(封筒は面接者に渡すけれど)切手までは貼らないんだよね。あの日、5人の日本人に会って、君が一番最初だったんだけど、なんとなく君だ、と思っていたんだよね。」
と言ってくださいました。
このやりとりは24年経った今も、鮮明に覚えています。
そして今でも前回の記事に貼った、色が変わり古びた新聞の求人記事を持っています。
コーンウェル博士との出会いがなければ、今の私はありません。
これがABAとの出会いでした。
追記:
コーンウェル博士との出会いは主人のおかげであることを書き忘れてはいけませんね。